正信偈の冒頭に「帰命無量寿如來 南無不可思議光」とあるように、何度も同じことを繰り返しているというのは、親鸞聖人が歓喜の絶叫をしているからなのですが、親鸞聖人を絶叫させるほどの弥陀の救いというのはどんなものなのでしょうか?!
正信偈の冒頭に続いて、弥陀の救いは死後にあるものではなく、生きている今にある、それは弥陀に救われたときにはっきりと分かると書いてあるのですが、親鸞聖人が凄いとまでいう弥陀の救いとはどんなことなのか調べてみました。
阿弥陀如来に救われたという親鸞聖人ですが、どうなったのかというと、「人生の目的が完成した」ということなのだそうです。
人は何のために生まれてくるのか?なぜ生きているのか?どうして自殺をしてはいけないのか?これらすべてが人生の目的なんだそうです。
生きることが人生の目的だとすれば、私の生きる目的はなんなのだろうか?
本当の人生の目的を知って、それを完成させ「人間に生まれてよかった」と生きていることの喜びを味わうために生きている・・・・。
だったら、もうすでに生きていてよかった!!なんて思ったことのある人は、人生の目的が完成したといえるのではないでしょうか?!
真の人生の目的というのは、正信偈ではどんなことをいうのでしょうか?!
歎異抄では「摂取不捨の利益」を獲ることで「無碍の一道」へ出ることだといわれています。
この「摂取不捨の利益」も「無碍の一道」も今の日本語でいいかえれば「絶対の幸福」ということになり、どんなことにも絶対に壊れない、崩れないのが無上の幸せとされています。