仏教は、仏の説かれた教え、ということです。この地球上では、ただ一人仏の覚りを開かれた、お釈迦さまの教えを、今日、仏教と言われるのです。
では、八十歳でお亡くなりになるまで釈尊は、一体なにを説かれたでしょうか。その全てを書き残されているのが、七千余巻の一切経です。
親鸞聖人は、その一切経を何度も読み破られて、
「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」
と断言されています。釈迦如来が、仏教を説かれた目的は、ただ、
「阿弥陀仏の本願」一つを説かれるためであったのだ、と。
「阿弥陀仏の本願」とは、本師本仏の阿弥陀仏が、なされているお約束のこと。弥陀が本当に願っておられる御心のことです。漢字36文字でなされている、誓いの言葉、これを「弥陀の本願文」と言われます。
さとりが一段違えば、人間と虫けらほど境涯に差があると言われます。まして52段の無上覚を開かれた仏の境涯は、凡夫の智恵ではとても窺い知ることができません。
中でも阿弥陀仏は、十方諸仏の本師本仏であるから、その御意は余りにも深く、弥陀の『本願文』36文字を私たちが読んでも、判らないところがあるのは当然でしょう。
そこで、阿弥陀仏の御意は、仏のさとりを開いた方からお聞きする他ありません。「仏々相念」「唯仏与仏の智見」と言われるように、仏の御意は、ただ仏さまのみ良くこれを知られるからです。
地球上で仏のさとりを開かれた方は、お釈迦様お一人です。そのお釈迦様が、本師本仏の弥陀の『本願文』の本意を、我々に分かるように解説されたお言葉が、漢字40字の『本願成就文』です。
この『本願成就文』によらなければ、弥陀がいかに凄い本願を建立されていても、その願意を正しく知ることはできません。私たちは、『本願成就文』の釈迦の教えによってのみ、本願の真意を知ることができるのです。
故に親鸞聖人は、『本願成就文』の教えこそが、私たちにとって「一実円満の真教真宗」であり、「至極」なのだと明言されています。
これはどういうことか、次回、続けます。
浄土真宗親鸞会で、高森先生からお聞きして初めて知らされた、親鸞聖人の教えです。