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普放無量無辺光~一切群生蒙光照(5)

0 12月 2nd, 2010

●不断光●

「不断光」とは、「途切れることのないお力」ということです。
一念で阿弥陀仏に救い摂られたことを「信心決定」とか「信心獲得」「信心を獲る」といわれますが、阿弥陀仏から賜ったその「他力の信心」が、死ぬまで変わらずに続くのです。
弥陀に救い摂られるまで(信前)は、自分で何とか信心が途切れないように、続かせようとしている。これを自力といわれます。「仏法のことを思おう」「忘れないようにしよう」と努力しているのです。
ところが、弥陀に救われてから(信後)は、私が忘れないように努めるのではない、「他力の信心」が私を死ぬまで導いてくだされる。仏法のことを忘れている時も、何を思っている時も「信心」が変わらないのは、阿弥陀仏の「不断光」の働きによるのです。
蚊取り線香に火をつけると、火の力で最後まで進みます。火を押して「もっと進め、ここを燃やせ」と努力しなくても、火はそのまま最後まで燃えるでしょう。一念の信心の火がつくと、その後、続かせようとしなくても、全く仏法と別なことを思っている時も、信心は死ぬまで続いてくだされる。
救われるまで(信前)とは、まるで逆になるのです。
これもまた例えですが、昔はよく、馬子が馬を引き、その馬に人や物をのせて運んでいました。この場合、主人は馬子であり、その主人に馬が引かれている、という状態です。
信前はそのように、私が主人となって、信心を引っ張ろう、引っ張ろうとしている。「ほかのことを考えないようにしよう」「仏法のことを思おう、思おう」としているのです。ところが、他力の信心を獲得してから(信後)は、その信心が主人となって、私が引っ張られ生かされる人生に変わってしまう。
蓮如上人はこれを、次のように教えられています。

「『一念の信心を獲て後の相続』というは、更に別のことに非ず、はじめ発起するところの安心に相続せられて、とうとくなる一念の心のとおるを、『憶念の心つねに』とも、『仏恩報謝』ともいうなり。いよいよ帰命の一念、発起すること肝要なり」と仰せ候なり      (御一代記聞書)

●難思光●

「難思光」とは、文字どおり、「想像もできないお力」ということです。
食いたい、飲みたい、楽がしたい、金が欲しい、名誉が欲しい、女が欲しい、男が欲しいと、自分の欲望を満たす「相対の幸福」しか思っていない私たちには、「絶対の幸福に救い摂る」という弥陀の本願力は、想像を超えています。
「この世はどうにもなれない」「絶対の幸福に助かった、ということなどあるはずがない」「人生に、完成も卒業もない」と思い込んでいるすべての人にとって、
「平生の一念に、人生の目的を果たさせる」
という弥陀のお力は、人智を超越していますから、「難思光」と言われているのです。

●無称光●

「無称光」は、「言うことができないお力」ということです。
親鸞聖人は、その阿弥陀仏のお力に救い摂られた世界を、何とか伝えようとなされたのですが、不完全な言葉で伝えることはできないと、絶望への挑戦であったに違いありません。
この、心も言葉も絶えた世界を、「大信海」と高らかに、次のように讃嘆されています。

大信海を按ずれば、貴賤・緇素を簡ばず、男女・老少を謂わず、造罪の多少を問わず、修行の久近を論ぜず          (教行信証)

“貴いとか賤しいとか、僧侶とか俗人とか、男女、老少、罪の軽重、善根の多少など、大信海の拒むものは何もない。完全自由な世界である”
と明言し、続いて「非ず」を十四回も重ねて、一切の人智を否定されています。想像も言語も絶えた「真実の信心」の、ギリギリの表現に違いありません。

行に非ず・善に非ず、頓に非ず・漸に非ず、定に非ず・散に非ず、正観に非ず・邪観に非ず、有念に非ず・無念に非ず、尋常に非ず・臨終に非ず、多念に非ず・一念に非ず。
ただこれ、不可思議・不可称・不可説の信楽なり
(教行信証)

言葉の絶える笑話があります。
炭火を運ぶ小僧がつまずいて、思わず火の粉が足の上にこぼれた。アチチ!と跳びはねる小僧をおもしろがって、いじわる和尚が問答しかける。
「こりゃ小僧。アチチ!とは、いかなることか言うてみよ」
「はぁ、はぁ」
と返事はするが、なんとも言いようがない。
「それぐらい説明できぬようでは、和尚にはなれぬぞ」
と大喝すると、窮した小僧、とっさに残り火を和尚のツルツル頭めがけてふりかけた。
「アチチ!アチチ!なにをするか、バカもん!」
和尚たまらず怒鳴りつける。すかさず小僧、
「和尚さま。アチチ!ということ説明してみなされ。それぐらい講釈できぬようでは、和尚とはいえませぬ」
と打ち返したという。月並みの体験でも、その表現に困惑するのがよく分かります。ましてや言葉にもかからず、文字にも表せず、思い浮かべることさえできぬ大信海を、懸命に伝えようとされる聖人ですが、とどのつまりは、
「ただこれ、不可思議・不可称・不可説の信楽(信心)」
としか言いようがなかったのでしょう。

●超日月光●

「超日月光」とは、「日月を超えた光」ということで、阿弥陀仏の光明は、昼間いちばん明るい太陽の光も、夜最も明るい月の光も、はるかに超越していることを讃嘆されているお言葉です。
「日も月も 蛍の光さながらに
行く手に弥陀の光かがやく」
これは、先の大戦後、A級戦犯として刑場の露と消えた東条英機が、死の直前に歌ったものといわれます。
エリート軍人として駆け上がり、抜群の記憶力から「カミソリ東条」と呼ばれていた彼は、独裁内閣を築きました。戦争を主導し、赫々たる戦果を上げていた時は騎虎の勢いでしたが、敗戦するや犯罪人として巣鴨刑務所の独房に収監されます。板敷きの上にワラ布団を置き、毛布五枚のほか、何も持ち込めない。そこには、かつての総理大臣、陸相、参謀総長、内務、文部、軍需、外務の各大臣を歴任した威厳は微塵もありませんでした。孤影悄然たる姿は、人間本来の実相を見せつけられた思いであったでしょう。世人のつけた一切の虚飾をそぎ落とされたそこにあるものは、か弱き葦のような、罪悪にまみれた自己でしかありませんでした。

戦犯の九割が仏教徒だったことから、刑務所では浄土真宗の布教使が教誨師として法話をすることになりました。東京は三十度を越える暑さの中、風も入らぬ蒸し風呂のような仏間で東条は、扇子も使わず、身動き一つせずに聴聞していたといいます。顔からダラダラ流れ落ちる汗を、ぬぐおうともしない東条の真剣さに打たれ、布教使も汗まみれで法話を続けました。
獄中で親鸞聖人の教えを聞法し、多生にも億劫にもあい難い弥陀の本願を喜ぶ身となった東条は、よく『正信偈』を拝読し、人にも勧めていたといいます。それで、弥陀のお力を「超日月光」とも言われることを知っていたのでしょう、絞首台の階段を上る前に、残した辞世が先の「日も月も蛍の光さながらに」の歌です。
この世で最も明るい日の光も月の光も、はるかに超え勝れている弥陀の光明を、親鸞聖人は「超日月光」と言われているのです。

●すべての人が救われる●

以上、解説してきた十二光を、まとめると次の通りです。

○無量光…どんな極悪人をも救い切る、無限のお力。
○無辺光…十方世界いずこにも行き渡っているお力。
○無礙光…何ものも遮ることのできないお力。
○無対光…比較できるもののない偉大なお力。
○光炎王光…仏法を聞かせるために、人間界に生まれさせて下されたお力。
○清浄光…底の知れない欲の汚さを知らせ、懺悔させ清めて下されるお力。
○歓喜光…怒りの恐ろしさを知らせ、懺悔させ喜びに変えて下されるお力。
○智慧光…ねたみそねみの愚痴の醜さを知らせ、バカだなあと懺悔させて下されるお力。
○不断光…途切れず絶えることのないお力。
○難思光…人間の智恵を超えたお力。
○無称光…とても言葉で表現できないお力。
○超日月光…太陽も月も超越した、偉大なお力。

「阿弥陀仏は、これら十二の光を大宇宙にくまなく放って、塵刹を照らしてくだされているのだよ」
と言われているのが、
「照塵刹(塵刹を照らしたもう)」
です。「塵刹」とは、「チリのような世界」ということ。大宇宙の中では、この地球も塵芥の一つに過ぎません。宇宙はちょうど、大きな部屋にたくさんの塵が浮かんでいるようなものです。カーテンのすき間から陽光がさし込んで、見えることがありますね。地球は、浮かんでいる塵の一つ。そこに六十何億の人が住んでいるのです。
「塵刹を照らす」とは、その大宇宙のすべての人々を照らしてくだされている、ということです。そして、
「一切群生蒙光照 (一切の群生、光照を蒙る)」
「すべての人が、このような弥陀の光明のお育てにあずかって、必ず無碍の世界へ出させて頂くことができるのだ。皆人よ、どうか親鸞と同じように、『帰命無量寿如来 南無不可思議光』と叫ばずにおれない身に、早くなってもらいたい」
と、阿弥陀仏の偉大なお力を讃えられているお言葉です。

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