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親鸞会で正信偈について学ぶ

0 6月 30th, 2009

親鸞会では月一度、親鸞会館という仏法を聞くための会場で正信偈についてのお話があります。
この前聞かせてもらった内容は正信偈の「已能雖破無明闇」についてでした。
とても全て書くことが出来ませんので、今日は煩悩と無明の闇について書きたいと思います。
煩悩とは、私たちを煩わせ悩ませるもので、全部で108つあります。
特に恐ろしいものが3つあって、これを三毒の煩悩といいます。
三毒の煩悩とは、貪欲(とんよく)、瞋恚(しんに)、愚痴(ぐち)の3つです。
貪欲とはいわゆる欲のこころで、なければないで欲しい欲しい、あればあったで欲しい欲しいという心です。
我ながら、欲の心は浅ましいなと思います。
もっと他人にゆずってあげれれば相手の方にも喜んでいただけるし、自分も気持ちいいのに、ついつい、それは私の!とか、その人じゃなくと私の方を褒めて!とか、そういう心が出てきては、小さいことにクヨクヨしたり意地を張っているなと思います。
また、うまくいかないと腹が立ちます。
この腹立つ心のことを仏教で瞋恚というのです。
これももっと寛容な大人になりたいと思うのですが、カチンとくると、もうムカムカしてしまうんですよね。
皺も増えるし、精神衛生上もよくないと思うのですが、これがなかなか・・・
愚痴とは怨み、呪いの心。
またねたみ、そなみの心です。
他人の幸福を素直に喜べない心があります。
他人が褒められると、すごい!とか口では言うのですが、私だって頑張ってるのに、あの子ばっかりずるい、あの子のほうが若くて可愛いから評価が高いだけで、仕事の中身でいえば私のほうが・・とかみっともないことを思っちゃうんですよね。
こういったものが煩悩で、人はみな煩悩のかたまりだと仏教で教えられるんです。
正信偈に出ている「無明の闇」とは煩悩とは違うものなんですね。
正信偈に書かれている「無明」とはどういうことかを知っていただくには、この煩悩の違いを知ることが大事なので、まず煩悩から書きましたが、次回に親鸞と無明の闇については書きたいと思います。

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