『正信偈』の初めの二行、
「帰命無量寿如来
南無不可思議光」
は、
「親鸞、阿弥陀仏に救われたぞ、
親鸞、阿弥陀仏に助けられたぞ」
と、阿弥陀仏に救われたことを告白されている、聖人のお言葉であることをお話ししました。
この、同じことを二回仰っている『正信偈』の冒頭から、私たちはどんなことを知ることができるのでしょうか。
一つは、
「阿弥陀仏に救われるのは、死んでからではない、生きている時である」
ということが分かりますね。
『正信偈』は、親鸞聖人が生きておられるときに書かれたものですし(当然ですよね)、その『正信偈』に救われた、助けられた、といわれているのですから、
「阿弥陀仏に救われた」ということが、「生きている時」にある、ということです。
そして二つには、
「阿弥陀仏に救われたことは、繰り返し言わずにおれないほどのものである」
ということも、分かります。
そのような「阿弥陀仏の救い」であることを、親鸞聖人は、朝晩、お勤めの時に教えておられるのですね。
意味をかみしめて、心静かに、拝読させて頂きたいと思います。