『正信偈』冒頭の、
「帰命無量寿如来
南無不可思議光」
の二行は、
「親鸞、阿弥陀仏に救われたぞ、
親鸞、阿弥陀仏に助けられたぞ」
と、弥陀に救われたことを告白された、親鸞聖人のお言葉であることを、重ねてお話ししてきましたね。
この二行から、
「弥陀の救いはハッキリする」
ことも分かります。ハッキリしないことを、ハッキリ書かれる親鸞聖人ではないからです。
つまり「弥陀の救い」は、
「阿弥陀仏に救われても、救われたのやら、救われていないのやら、分からない」
とか、
「誰かしっかりした人に『あなたは救われましたよ』と言ってもらわないと安心できない」
とか、
「たぶん、これで助かったのだろう。いやきっとそうにちがいない」
というような、曖昧なものでもなければ、無自覚なものでもない、ということです。
それは、「何を」救われたのか、ということが分かれば、歴然です。
親鸞聖人が、「阿弥陀仏に救われた」と言われているのは、
「後生の一大事を救われた」ということなのです。(前にも少し触れましたね)
「後生の一大事」とは、蓮如上人が、
「後生という事は、ながき世まで地獄におつること
なれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思いとり
て、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべ
し」 (帖外御文)
とおっしゃっている一大事のことであり、弥陀の本願とは、
「すべての人の後生の一大事を解決してみせる」
というお約束であることも、この蓮如上人のお言葉から分かりますね。
仏教は、この「後生の一大事」を知るところから始まり、その解決で終わります。
この「後生の一大事」の重荷を背負って、泣き泣き求めた人に、
その重荷を阿弥陀仏に取って頂いた(後生の一大事を解決して頂いた)、
ということがあるのです。
親鸞聖人『正信偈』冒頭のお言葉は、まさにその「弥陀に救われた」実体験の告白です。
9才で出家されてより20年間、比叡の山で親鸞聖人は、この一大事の解決のために、
血の滲むご修行をなさいました。しかし、天台法華の教えにはかなわぬ自己を知らされ、
泣く泣く下山されたのは29才の御時でした。その親鸞聖人が、弥陀の本願を説かれる
法然上人に会われ、その弥陀の本願力によって「後生の一大事」を解決され、往生一定
の大安心の身に救い摂られたことを、
「帰命無量寿如来
南無不可思議光」
と叫ばれているのです。あまりにも明らかな救いであるから、
「親鸞、阿弥陀仏に救われたぞ、助けられたぞ」
と繰り返し叫ばずにおれなかったのです。
「阿弥陀様に救われても、そんなにハッキリするもんじゃない」
と言う人は、後生の一大事の重荷に苦しんだこともなければ、それを弥陀に鮮やかに抜き取られた
こともない人であり、仏教の出発点にもたっていない、と言われるのはそのためなのです。
『正信偈』の冒頭二行から、その真意を正しく知るのは大変なことですね。